バートとサラを包み込んでいた白い霧が薄らいでいった。まだ少し白く霞む空間には、二人の男性が立っていた。サラの父、ピアン王カシス。そして、
「父親……」
バートの父、クラリス。
「お父さま……」
二組の父子はお互い見つめ合ったまましばらく動かなかった。
「……おい、父親」
沈黙を破ったのはバートだった。
「今の話、本当なのか?」
「…………」
クラリスはバートを見つめたまま答えなかった。バートはサラの手を離すと腰の剣に手をかけた。
「約束って何だよ! ピアン王は知ってたっていうのかよ!」
「…………」
クラリスは答えない。
「俺はまだてめーを許しちゃいねーんだぜ! この間は負けたけど今度は負けねー!」
バートは叫んだ。
ピアン王が一歩前に出た。腰の剣を抜き放つ。
「王……」
ピアン王はわずかに笑みを浮かべた。
『できれば聞かれたくはなかったな……。バート君。サラ……』
ピアン王は剣をバートに向けた。
「お父さま……」
バートの後ろでサラが呟く。
王に剣を突きつけられ、思わずバートも剣を抜いてしまった。相手は自分が属する国の王。サラの父親。彼に剣を向けることだけは絶対に許されないのに――
「聞かれたからには、仕方ない」
王は素早く間合いを詰めて剣を繰り出してきた。ダメだ、とバートは思った。この人に剣を向けてはならない。そんな思いとは裏腹に、身体は反射的に動こうとしていた。ピアン王が本気で攻撃を仕掛けてこようとしているのなら、最低背後のサラは守らなくてはならない。
しかし、バートは体中が凍りついたように動くことができなかった。ここの空間は寒すぎて、いつもの調子が出ない……
ピアン王の剣は、あっさりとバートの胸を貫いた。バートは声にならない声を上げて、右手に握った剣を取り落とした。
「バート!」
サラが悲鳴を上げた。その声を遠くで聞きながら、バートの意識はフェードアウトしていった。
*
はっと気が付くと、キリアは一人で見知らぬ空間に立っていた。上下左右は氷のような天井と床と壁に囲まれている。空気が冷たい。前方には果てしなく延びる通路。
「レティさん?!」
キリアは叫んで周囲を見回した。返事は返ってこなかった。レティとはついさっきまで一緒にいたのに。同じボートに乗って、同じ渦に飲まれたのに。
「リーガル湖に時々出現する渦、それが迷宮への入口になっている」
とレティは言った。キリアとレティは研究所から折りたたみ式ボートを桟橋まで運び、そこからリーガル湖に漕ぎ出した。
(そんな……)
レティがこの場にいないことを知り、キリアは軽いパニックに陥りかけた。
(落ち着け。ここは『迷宮』なんだから)
キリアは自分に言い聞かせ、迷宮に入る前に、レティが言っていた言葉を思い出した。
『迷宮の中では、現実と夢、真実と幻、事実と虚構が渾然一体となって存在している。大切なことは、何を見せられても、自分を見失わないこと――。迷路のつくり自体は単純だ。通路はやたら長いが……マッピングも特に必要ないくらいだ』
「どうしよう」
キリアは声に出して言ってみた。声は氷のような空間に反響して自分の声ではないみたいに聞こえた。どうしよう、と言ってみたところで、選択肢としては留まるか進むかしかなく、この二択だったらどう考えても留まる、という選択はあり得なかった。
キリアは通路を進むことにした。
果ての見えない単調な通路を一人で延々と歩いた。気の遠くなるほどの長い時間が経過したように思えた。不安がなかったといえば嘘になるが、キリアはほとんど意地で歩みは止めなかった。疲れきって本当に一歩も動けなくなるまでは歩ききってやろうと背筋を伸ばして歩き続けた。
キリアはバートとサラとリィルのことを思った。彼らも自分と同じように、こうして歩いているのだろうか。湖で同時に消えたバートとサラははぐれていないだろうか、自分とレティのように。
「バート! サラ! リィル!」
永遠かと思われる沈黙に耐えられなくなってキリアは叫んだ。そして改めて目的を確認した。自分がこの迷宮に入ったのは、彼ら三人を見つけ、一緒に元の世界に帰るためなのだ。
「!」
前方に何かが見えた。キリアは早足で近付く。通路が行き止まりになっていて、金属製の扉がはめ込まれていた。
(まさか、水の扉?)
ふと風の扉のことが思い出された。あのときは自分が開けた。でも、これが水の扉だとしたらキリアには開けられない。ここで完全な行き止まりということになってしまう。
キリアは諦め半分で扉を押してみた。しかし、扉はあっさりと開いた。白い冷気が流れ出てくる。
(開いた……ってことは、これは『扉』じゃない?)
キリアは扉の中に足を踏み入れた。白い霧が濃くてほとんど何も見えない。でも、進むしかない。何となくさっきまで歩いていた通路よりは、何かに近付いたような気がする。
『キリアっ?!』
ふいに自分を呼ぶ声が聞こえた。キリアははっとして動きを止めた。そう遠くないところから聞こえた。
「リィル?!」
キリアは叫んだ。
「どこにいるの?! 見えない!」
キリアは周囲を見回した。白い霧が濃くて視界が悪い。振り返ってみたが、さっきの金属製の扉もどこにも見えない。これってほとんど遭難ってやつでは、と思う。
『キリア、危ないっ!』
「え……?」
突然、キリアは横から突き飛ばされた。思わず小さく声を上げた。右腕をついて床に倒れる。
「痛……」
呟きながらも、それほどの怪我ではなく、キリアはすぐに身体を起こして顔を上げた。
目の前には茶色の髪の少年の後姿があった。
「キリア、大丈夫?」
キリアに背を向けたまま、振り返らずに尋ねてくる。
「全然大丈夫!」キリアはすぐに答えた。
「! こっち?!」
右斜め前方からいくつもの氷の刃が飛んできた。キリアをかばうような位置に立つ茶色の髪の少年は右手をかざして水の精霊を召喚する。少年の「水」と氷の刃が空中でぶつかり合い、青い輝きを放った。相殺し切れなかった刃が少年の左腕を軽く切りつけた。
「リィル!」
キリアは思わず声を上げた。リィルは振り返って少し笑ってみせた。
「この霧がやっかいだよなー。なんで向こうは正確にこっち狙えるんだろう。こっちからは何も見えないのに。これってすっごいハンデだよな」
「リィル、一体何がどうなってるの?」
状況がいまいち呑み込めなくてキリアは尋ねた。
「見ての通りだよ」
リィルは少し真剣な表情になって言った。
「俺、狙われてるんだ。キリアもえらいところに来ちゃって……」
「狙われてるって……大丈夫なの?」
「あんまし大丈夫じゃないかもしれない」
答えるリィルは身体中にかすり傷を負っているようだった。
「だから悪いけど、キリア、ちょっと席外しててくれないかな?」
「え? どういうこと」
「逃げてってこと。俺、キリアをかばいながらあの人の攻撃を防ぎきる自信ない」
「……何それ」
リィルの発言にキリアはかなりむっとした。リィルが怪我していなかったら一発くらい叩いてやってたかもしれない。
「あのねえリィル……」
キリアは大きく息を吐き出した。
「そりゃないでしょ! 私はね、迷宮に飲みこまれたあんたらを探しに来たのよ。あんた置いて逃げられるわけないでしょ! それに誰がかばってなんて頼んだ? そんなことされて私が喜ぶとでも思ってるの? 自分の身くらい自分で守れるわよ、バカにしないで!」
今までわだかまっていたものを吐き出すようにキリアは叫んだ。最後はかなりきつい口調になってしまった。リィルはキリアを見つめて驚いたような顔をして絶句している。
「そうか……そうだよな、ごめん……」
リィルが小さくつぶやいた。言い過ぎた、と思ってキリアは何となく気まずくなってしまった。
「……ううん、こっちこそ」
キリアは気を取り直して明るく言った。
「リィル、さっき『ハンデ』って言ってたでしょ。それ、無くしてあげましょうか?」
「え?」
「この霧がハンデなんでしょ。だから……!」
キリアは腕輪をはめた右手を高く掲げ、風の精霊を召喚した。周囲に巻き起こった風が空気中に浮かぶ白い細かな粒子を吹き飛ばしていった。真っ白だった空間は、段々遠くまで見通せるようになり……
「?!」
キリアは目を疑った。心臓がどくんと音を立てる。黒いスーツ姿の男性が立っていた。おそらく、彼が、リィルに向けて氷の刃を放った張本人。
「エニィルさん……?」
エニィルは無表情でこちらを見据えている。
(5)
「キリアちゃん……」
エニィルはキリアのほうへ一歩一歩、ゆっくりと近付いてきた。
「リィルの言うとおりだ。君は本当にこの場から離脱したほうが良い」
「エニィルさん……」
キリアは臆せずエニィルの瞳を見据えて言った。
「貴方なんですか? 氷の刃でリィルに攻撃してたのは」
「そうだよ」
エニィルは無表情で言い放った。
「な、どうしてそんなこと……。何で親子で戦わなくちゃならないんですかっ」
「それはね、キリアちゃん」
エニィルはわずかに笑みを浮かべた。
「水の大精霊”流水《ルスイ》”の力を手に入れられるのは、僕かリィル、どちらか一人だけだから」
「あ……」
確かにキリアは、”流水《ルスイ》”の力を手に入れるのはエニィルとリィル、どちらになるのだろうとちらりと考えたことはあった。”炎《ホノオ》”の力はバートが、”風雅《フウガ》”の力はキリアが手に入れた。”風雅《フウガ》”については、おじいちゃん――大賢者キルディアスがそう指示したからだ。だから、”流水《ルスイ》”の力を得るのはリィルになるのではないかとキリアは何となく予想していた。
しかし、今回の場合は、エニィルも”流水《ルスイ》”の力を手に入れたがっているということなのだろうか。それにしても、
「なんで親子で傷つけ合わなくちゃならないんですか!」
キリアは叫んだ。バートとクラリスのことが頭をかすめる。父親のことを「敵だ」というバート、彼らの関係には心が痛んだ。しかし、まさかリィルとエニィルまで……。せめて彼らには……彼らが戦う姿なんて見たくない。
「そんなこと……エニィルさんとリィルで話し合いで決めれば良いじゃないですか」
「話し合ったって無駄だよ、きっとお互い譲らないから」
エニィルが答える。え?、とキリアは背後のリィルを振り返った。
「そういうこと」
リィルは真顔でで小さくうなずいた。
「この子は言い出したらきかないし負けず嫌いだからね」
とエニィルは言う。
「だから、実力でわからせることにしたんだ。どちらが”流水《ルスイ》”の力を得るにふさわしいかを」
「エニィルさん……」
「さあ、キリアちゃんは早くこの場から立ち去るんだ」
エニィルはキリアを見て言った。
「さもないと、僕はきっと卑怯な手を使ってしまう……」
エニィルは右手を掲げた。攻撃が来る、と思ってキリアは身構えた。周囲の空気が一気に冷えた。さっきキリアが晴らしたばかりの白い霧が再び濃くなる。
(そうか、エニィルさんは「水」を使えるんだから、この霧はエニィルさんが)
「キリア、気をつけて!」
リィルが叫ぶ。
「!」
左のほうから風を切って何かが飛んできた。キリアはとっさに風の精霊を召喚して放った。
「キリア!」
「こっちは大丈夫だから! リィルこそ気をつけ……」
キリアが言い終わらないうちにリィルのほうに氷の刃の攻撃が飛んできた。キリアに気を取られていたのかリィルは避けきれない。氷の刃はリィルの脇腹を深く傷つけた。リィルは傷をかばって膝をつく。
「リィルっ!」
キリアはリィルのもとへ駆け寄った。
「来るな……てのに……」
リィルが小さく呻いた。傷が相当痛むらしく顔をしかめて息を切らせている。
「わかっただろ……。悪いのはキリアじゃなくて俺が未熟だから……。それに、これは俺と父さんの問題だから……」
「そんなことより手当てしないとっ」
「そんな暇ないよ」
リィルが言い終わらないうちに、再び風を切って氷の刃が飛んできた。
「!」
キリアは白い虚空に向けて正確に風の精霊をぶつけた。氷の刃が青い輝きを放って消滅する。
「父さんがキリアを傷つけるはずはない……キリアへの攻撃は全部フェイント……」
リィルが小さく呟いた。
「わかってんじゃない」
「理屈ではね」
リィルは大きく息をつく。
「じゃあ、作戦立ててかかりましょ」
と、キリアは言った。
「エニィルさんは霧で姿を隠して攻撃してくるのね。でも私の風なら霧を晴らすことができる。そしたら……」
そこまで言ってキリアははっとあることに気付いた。霧が晴れて、エニィルの姿が見えて、そしたら……?
なんで親子で傷つけ合わなくちゃならないんですか、とキリアは叫んだ。しかし、もしかしたら、相手を傷つけようとしているのはエニィルのほうだけではないのか。リィルは決して反撃しようとはしていない。
「リィル……」
キリアはリィルを見て尋ねた。
「作戦……っていうか、勝算、あるの?」
「さあ……?」
案の定、リィルは言葉をにごす。
「あなたはエニィルさんを倒そうとは思ってないんでしょ」
「だって父さんに攻撃なんて……できないよ、色々な意味で」
「でもそしたら、一方的にやられるだけじゃない。っていうか何むきになってんの。エニィルさん倒す気ないんなら、譲ってあげれば良いじゃない」
「それは、できない」
リィルはきっぱりと言った。
「リィル……どうして」
「”流水《ルスイ》”の力は俺が手に入れる。父さんに渡すわけにはいかないんだ」
リィルの落ち着いた言葉には静かな決意が込められていた。キリアは何も言い返せなかった。
「大丈夫、俺は負けない」
リィルはキリアを見て安心させるように笑みを浮かべた。
「だから……」
「だから?」
「キリアは俺に構わずここから逃げるんだ」
「な、なんでそうなるの! まだそんなこと言うの?」
リィルと会話をしながらキリアは精霊の力でリィルの傷をふさいでやった。その間、エニィルのほうは攻撃を仕掛けてこなかった。
「キリアちゃん……」
エニィルの声が聞こえて、キリアははっと顔を上げた。白い霧が薄らいでいく。エニィルは驚くほど近くに立っていた。
「あんまり、リィルを困らせないでやってくれ」
「っ、困らせてなんかいません! 困らせているのは貴方のほうではないですか!」
それを聞いてエニィルは苦笑した。
「キリアちゃんは、どうしても、ここに留まるつもりだと」
「はい」キリアは大きくうなずいた。
「それじゃあ、仕方ない」
エニィルはため息をついて、苦笑いを浮かべた。
「強硬手段に出させてもらうよ」
「やれるものならやって下さい!」
キリアは強気に言い返した。エニィルに相手にあれだけ言ってしまって、もう後には引けない。
エニィルは右手を掲げた。キリアも身構える。
「父さん! キリア!」
リィルが叫ぶ。
エニィルは床を蹴って一気にキリアとの距離を詰めてきた。精霊攻撃が来ると思っていたキリアは完全に虚をつかれた。とっさに身を引こうと思ったが、身体が上手く動かない。
エニィルの右手が伸びてきてキリアの左肩を掴んだ。青いフラッシュ、そしてスパーク。リィルが自分を呼ぶ声……
*
バートはがば、と身を起こした。
「痛……」
頭がガンガンして、目を閉じて額を掌《てのひら》で押さえつけた。頭の痛みが落ち着くのを待って、ゆっくりとあたりを見回した。石の壁に囲まれた薄暗い部屋だった。バートは冷たい床に座り込んでいた。
「ここ、どこだ……?」
呟いてみて、はっと思い出した。確か、ピアン王が剣で斬りかかってきて……
バートは胸の傷を確認してみた。触れてみたが痛みはなかった。傷跡もきれいに消えている。
(……? まさか、さっきのは夢……?)
それにしても、ここは一体どこなのだろう。バートには全く心当たりも見覚えもなかった。
「ピアンの地下牢だよ」
不意に、少年の声がした。
「まったく馬鹿なヤツ……。王に剣を向けるなんてさ」
少し離れた壁に背を預けて、ひとりの少年が立っていた。背はそれほど高くなく小柄なほうだ。明るい茶色の髪をしている。
(いつの間に?)
さっきまでバートはこの部屋には自分ひとりしかいないと思っていた。突然どこからともなく現れたのか、単に少年の気配に気付かなかっただけなのか。
「お前……誰だ」
茶色の髪の少年は壁から背を離すと、こちらに向かって歩いてきた。バートのそばまで来て足を止め、座り込んだままのバートを見下ろして口を開く。
「俺はね、バートの処刑執行人」
少年の右手にはいつの間にか細身の長剣が握られていた。少年は右手の長剣を振りかぶり、素早い動きでバート目がけて振り下ろしてきた。
「なっ……!」
バートは振り下ろされた剣をからくもかわして立ち上がった。
「お前っ、いきなり何すんだ!」
「避けるなよ。せっかく苦しませずに殺してやろうと思ったのに」
少年は淡々と恐ろしい言葉を口にする。
「そう簡単にやられる俺じゃねーぜ」
バートは腰の剣を確認し、抜き放った。
「そうかな?」
少年は首を傾げて笑った。バカにしたような仕草にバートはむかっとした。床を蹴って、一気に間合いを詰める。
「くらえっ……!」
バートは炎の精霊を召喚し、剣に宿らせた。しかもただの炎の精霊ではない。自分はつい先日、大精霊”炎《ホノオ》”の力を手に入れたのだ。その威力は実証済みだった。
「?!」
バートの振り下ろした剣は、少年の剣によって簡単に受け止められていた。
(炎が……出ない?!)
「残念でした。ここでは精霊剣は使えないよ」
少年はバートを見上げて挑戦的ににやりと笑った。
「ここは水の『フィールド』だからね」
今度は少年のほうから攻撃を繰り出してきた。素早い動きによる連続攻撃。一撃一撃には大した力はないのだが、多彩な攻撃に対応するのに精一杯で反撃の糸口がつかめない。それに、やはり寒さの所為か、いつもの動きができない。
(押されている……? こいつ剣の素人のくせに)
バートは自分の心に浮かんだ言葉に驚いた。目の前の少年を、俺は、知っている?
頭がずきりと痛んだ。一瞬意識が飛ぶ。次の瞬間、バートの剣は少年の剣に弾き飛ばされて宙を舞っていた。からん、と音を立てて剣が床に落ちる。
バートの首筋には少年の冷たい剣が押し当てられていた。ぞくりと全身が震えた。
「降参?」
少年がバートを見上げて笑う。バートは唇を噛みしめて少年を睨み返した。
「……本当はこんな形で勝ったってちっとも嬉しくない」
不意に少年は笑みを消して呟いた。
「昔っから何度も『勝負』してきたけど、ちゃんと、フェアなフィールドで戦って勝たなきゃ、意味が無い」
「だったら、そうしろよ」
バートは自分の声がかすれていることに気が付いた。喉が痛む。
「でもねバート……。フェアとかアンフェアとか言ってる場合じゃないんだ。俺はどんな手を使ってでも、バートを処刑しなくちゃならない」
「処刑……。俺を殺すのか」
バートは声を絞り出した。少年は悲しそうにうなずいた。
「だってバートは罪を犯しちゃったんだから」
ああ、そうだった……。バートは自分がしでかしたことを思い出した。バートは自分が仕える国の王に、剣を向けてしまったのだった。それはどうやっても動かせない過去だ。罪を犯したバートは、法によって裁かれなければならない。
「わかったよ……」
バートは呟いた。
「バート」
「良いぜ。好きにしな」
バートは目を閉じた。こいつも可哀想な役を押し付けられたよな、と思った。……やっぱり俺は、こいつを知っている……?
「最後に、言い残すことは?」
少年の声。
「そうだな……。……サラに、」
バートはピアン王の一人娘、金髪の少女の姿を思い浮かべた。
『バート君。娘のサラだ。歳も近いだろう。仲良くしてやってくれ』
ピアン王の声。
『あたし王女だから……。今まで誰も友達いなくて』
ピアン王の隣に立つ、幼い王女。
『バート、ずっと友達でいてくれる? ずっと一緒に……』
これは死の直前に見るという走馬灯というやつだろうか。
(俺、死ぬのか……)
実感が湧かない。悲しみも苦しみも痛みも無く、心はどこまでも穏やかだった。