イ チ ゴ バ ニ ラ の 昼 下 が り

 「なあ、最近キリアが冷たいんだけど」
 「最近? 前からでしょ」
 リネッタはあっさりと言ってやる。公園のベンチに腰掛けて、右手には大好きなストロベリーのソフトクリーム。隣に座るエンリッジはチョコミントのソフトクリームを舐めている。
 「なんか今日もすれ違って声かけようとしたら無視されたし」
 「気が付かなかっただけじゃない?」
 と言いながら、多分キリアは「無視」したんだろうなと思った。でもそのキリアのさりげない(?)無視を無視と気付けるようになったのなら、エンリッジも随分成長したものだ。
 優しい日差しが降り注ぐ午後。公園のベンチに腰掛けてソフトクリームを舐めながらぼんやりと幸せな時間を過ごしていたリネッタは、突然大声で自分の名前を呼ばれた。はっとして顔を上げると、ワールドアカデミー時代の同級生、エンリッジが笑顔で駆け寄ってくるところだった。リネッタはエンリッジを軽く睨んだがエンリッジが気付くはずもなく。エンリッジは傍の屋台店でソフトクリームを買うと、ずうずうしくもリネッタの隣にすとんと腰を下ろした。
 「なあに?」
 少し不機嫌な声になってリネッタは隣のエンリッジに声をかける。コイツには何も遠慮は要らない。キリアがワールドアカデミーを飛び出して数年。いつの間にかリネッタとエンリッジはそういう仲になっていた。
 リネッタの親友だったキリアがワールドアカデミーを辞めてしまった一因はエンリッジにあった、とリネッタは思い込んでいたし、実際そうだったのだろうと思う。キリアやリネッタよりいくつか年上の同級生だったエンリッジは、当時――随分と昔のことになるが――はどうしようもない悪ガキだった。リネッタはいつも苛められていたキリアのためにエンリッジに仕返しの機会を窺っていたが、腕力や体力ではエンリッジに適うはずもなく、いつも返り討ちに遭って泣かされていた。それから……、リネッタはエンリッジに挑むことを止め、エンリッジは弱い者いじめを止め、実家を継ぐんだと言い出し、医術コースに進学し……
 今日、エンリッジがリネッタに声をかけてきたのは、相談したいことがあるからだという。ついさっき歩いていたらキリアを見かけたので声をかけようとしたらキリアに無視された、のだそうだ。
 (そりゃあねえ……、)とリネッタは思う。
 (キリアにとってのアンタは、大昔のアンタのまんまだからね。キリアはアンタのこと、きっと「顔も見たくないくらい大っ嫌い」って思ってるはず)
 とは、流石にリネッタも言わない。今のエンリッジは昔の彼とは違うから、一応こちらも気を使ってやる。
 (随分と丸くなって良いヤツになったんだけどね……)
 しかし、彼には未だ決定的な欠点が残っている。今も昔も変わらず、コイツは致命的にニブいのだ。
 (気が付かないのかなあ……)
 リネッタはそろそろ我慢できなくなってガタリと立ち上がった。
 「……ねえ。いい加減にしてくれない?」
 「何を?」
 立ち上がったリネッタをきょとんと見上げるエンリッジ。ダメだこいつ、やっぱり何もわかってない。
 「いいからちょっと来て」
 リネッタは左手でエンリッジの手を引いて立ち上がらせると、ぐいぐい引っ張って座っていたベンチから離れた。
 「何だよ突然」
 「わかっててやってんのならただの嫌がらせだよ。アンタ私に気があるわけじゃないんでしょ?」
 「はあ?」
 「だーかーらー」
 リネッタはさっきまで座っていたベンチをちらりと見やる。
 「アンタが割り込んでくる前。私があそこで何やってたかわかってる?」
 「無口で無愛想な従兄《イトコ》とベンチで座って話してたけど話題も尽きてぼんやりしてた」
 リネッタはエンリッジを張り倒してやろうかと思ったが、ここはベンチに座ったままの『無口で無愛想な従兄』から見える位置だったので辛うじて思い留まった。
 「言いたい放題だね……」リネッタは最高に低い声を絞り出す。
 「いーい? 世間一般ではね、それを『でーと』っていうの!」
 「はあ?」
 「そしてアンタのことは『お邪魔虫』っていうの。わかったらサッサと消えてくれる?」
 「……は? ひっでーなあ。リネッタまで……」
 「ひどいとかひどくないとかじゃなくて! 恋路は邪魔しちゃいけないの。常識なの。アンタが常識外れなの」
 「オイどっちが言いたい放題だよ」
 「あーもー時間が勿体ない!」リネッタは叫ぶ。「私の大好きなイチゴソフトあげるから、これで大人しく去って。ね! ごめん」
 リネッタはエンリッジの空いているほうの手にピンク色のソフトクリームを押し付けると、両手を合わせて頭を下げた。そして大急ぎでベンチのところまで戻る。従兄のウィンズムは相変わらずぼんやりとした目つきで白いバニラソフトクリームを舐めていた。
 「お待たせー」リネッタは笑顔でウィンズムの右隣に腰を下ろす。
 「……話はすんだのか」珍しくウィンズムのほうから話しかけてきた。
 「話ってほどじゃないけど」
 「……知り合いか?」
 「気になる?」リネッタは嬉しくなって問い返す。
 「……別に」
 「エンリッジって言ってね、ワールドアカデミー時代の、どーしよーもない同級生」
 エンリッジについて有ること無いこと語りながら、
 (有難うエンリッジ、ネタになってくれて)
 とリネッタは本気で感謝していた。一緒に黙って座ってるだけでも楽しいけれど、せっかく一緒にいるんだから、一緒に語り合っていたほうが、もっと楽しい。

 *

 (いったい何だってんだよ、リネッタのヤツ……)
 大急ぎでベンチの従兄のところへ駆け戻っていくリネッタの後姿と、押し付けられたストロベリーのソフトクリームを交互に眺めながら、エンリッジは首を捻っていた。やがて、いくら首を捻っても埒が明かないことに気付き、
 (帰るか……)
 エンリッジはため息をひとつつくと、自分の医院目指して歩き始めた。