「あったーらしーいーあーさがきたっ♪ おっはよー」
「くっそー朝っぱらから……なんでそんなにハイテンションなんだ……」
「昨日の夕飯、みんなちゃんと食べた?」
「ああ。三人ともちゃんと食った。……お、今朝はパンなのか」
「たまにはサンドイッチなんてどうかなって思って」
「……?」
「ん? 何か?」
「今……『サンドイッチ』って聞こえたんだが……?」
「それが何か」
「そうか……聞き間違いじゃあなかったのか……」
「何泣いてるの。『いつも差し入れご苦労さま』は?」
「遊んでるだろ、お前……」
*
次の日の朝。リィルは既に、エニィルとフィルと同じテーブルについて朝食を取れるほどに回復していた。
「なるほど……姉貴が食材を持ってきて、食事は自炊なんだ」
パンに海苔《のり》の佃煮を塗りながら、リィルは言った。
「結構おおらかな軟禁だろう」
納豆を挟んだパンを口に運びながら、エニィルが言う。
「そこ! 間違ったもの食いながら会話するなー!」
牛乳に黄粉《きなこ》をまぶしてかき混ぜながら、フィルは力いっぱい主張した。
「やっぱり姉貴は別扱いなんだ。っていうか、姉貴ってガルディアに寝返ったんだよね?」
「らしいね。僕たちが捕まったとき、しきりに降伏を勧めに来たよ」
「なんで父さんと兄貴は降伏しなかったの?」
「うーん、降伏したって事態は好転しなさそうだったからなあ……。フィルは意地だろ?」
「当たり前だ! ピアンをめちゃくちゃにしやがったヤツらに降伏なんてできっかよ!」
フィルは声を荒げた。
「それに、どのみち、僕は本物の『鏡』についてヤツらに喋るつもりは無いしね」
「『鏡』……、かあ」
リィルはパンをひとつ食べ終わると、牛乳をすすり、父に向き直った。
「父さん」
「ん?」
「俺……父さんに聞きたいことが色々あるんだけど」
エニィルはにっこりと微笑んだ。
「僕もリィルに聞きたいことが色々あるな。……まあ、リィルからで良いけど」
「じゃあ」リィルは言った。「みんなが持ってた四つの『鏡』って、一体、何? 兄貴は知ってるんだっけ?」
「いいや」フィルは首を横に振った。「俺も詳しくは……。聞いたけど教えてくれなかったから」
「そっかー。じゃあ……やっぱりここでは教えられない?」
リィルは真っ直ぐに父の瞳を見つめる。
「俺……それを聞く為にここに来たんだけどな。危険を冒してまで」
「フィルに教えなかったのは、巻き込みたくなかったからだよ」
「もうシッカリ巻き込んでるじゃん」リィルは譲らない。
「だな」
エニィルは苦笑いを浮かべ、低い声で呟いた。
「そろそろ……『時機』なのかもしれないな……」
「じき?」リィルは聞き返す。
「『鏡』ってのは……『鍵』なんだ」
エニィルがさらりと言った。
「鍵? 何の鍵?」
「扉を開けるための」
「扉? 何の……」
(!)
突然、あるシーンがリィルの頭に蘇った。
(……まさか……?!)
「四精霊の伝説、って、知ってるよね?」
エニィルの言葉は、フィルには唐突に聞こえたかもしれない。
「え? あの例の有名な、だろ? そりゃあ粗筋は」
「ガルディアは、その伝説の再現を恐れている。だから、それを阻止する為に、『鍵』である『鏡』を欲しているんだ。それが僕たちが襲われた理由《わけ》」
「…………」
フィルは弟の顔を見た。リィルは難しい顔をして黙り込んでいる。
「えーと……」
フィルは仕方なく頭をフル回転させながら口を開いた。
「……つまり。『鏡』があれば『四精霊の伝説』の再現が可能だから……ガルディアはその可能性をつぶす為に?」
「そういうこと」エニィルは満足そうに頷いた。
「でも、『四精霊の伝説』の再現、って何なんだ? まさか、各地で眠っている『四大精霊』を目覚めさせるためのアイテムだとでも言うのか?」
「まあ、そんなところかな」とエニィル。「そして、『四大精霊』を目覚めさせるためには、まず『扉』を――」
「俺、扉が開くところは見たんだ」
エニィルの声に重ねて、リィルは口を開いた。
「?!」
エニィルとフィルがリィルを見る。
「バートが開けたんだ。ピラキア山脈の、『”炎《ホノオ》”の扉』で」
「ああ。なるほど」
それを聞いて、エニィルはさほど驚いた様子もなく頷いた。
「キグリス首都へ向かう途中で、そんなところに立ち寄ってたのか」
「偶然、っていうか、ほとんど観光気分だったんだけどね。……じゃあ。バートが扉を開けられたのは、」
「炎の『鍵』を持ってたんだね。クラリスが渡してたのかな?」
「てことは、お前、まさか、あの伝説の『大精霊”炎《ホノオ》”』に会ってきたのか?!」
フィルに尋ねられ、リィルは首を横に振った。
「俺が暑いの弱いの知ってるだろ? 扉の中は凄い熱気で、あんなとこに入ってったら確実に死ぬなって思ったから、俺は入らなかった」
「なんだよー、せっかくの伝説のチャンスを」フィルは残念そうに呟く。
「でも、バート君たちは、入っていったんだね?」
と、エニィルが尋ねる。
「うん。バートとサラとキリア……あ、キグリスの大賢者のお孫さんね……の三人は、入っていって……」
「へえ」エニィルは驚いたような表情になった。
「一緒に旅してたキグリスの子って、キリアちゃんだったのか」
「あ、父さんはキリアのこと知ってるんだっけ」
「まあね。昔、大賢者キルディアスさまと、ちょっと」
「ちょっと?」
「話すと長くなるから、あとで」
「それにしても……」とフィルが口を挟む。
「何で俺たちの一家が、四精霊の伝説に関わるアイテムなんて持ってるんだ? それに、なんでそれがガルディアにバレて真っ先にサウスポートの俺たちの家が襲われたんだ? それと……四つの鏡のうち、誰のが本物なんだ?」
「さすがに最後の質問には答えられないな」
と、エニィルは言う。
「どうして」
「誰が聞いてるかわからない」エニィルは声をひそめた。「万一その情報がガルディアに漏れたら、僕たちは用済みってことで処分されるかもしれないよ」
「う……そうか」
「父さんが昨日の晩出てたのは……それか」リィルは小さく呟いた。
「ん? 今何て言ったんだ? リィル」
「二つ目の質問の答えは……クラリスさん?」
リィルはエニィルを見て尋ねる。
「……そう」
エニィルはゆっくりと頷いた。
「父さんはいつから知ってたの? クラリスさんがガルディアの将だって……」
「うーん、少なくとも、フィルとリィルがこの世にいないときから……かな」
エニィルは昔を懐かしむような表情になっていた。
「クラリスが何者なのかはね……出会ってすぐにわかっちゃったんだ」
「どうして?」
「そういうもんなんだよ」
「?」
「だからね、クラリスにもすぐバレちゃってたと思う」
「何が?」
「僕たちが、何者なのか」
(5)
食事を終え、エニィルとフィルは席を立ってテーブルを片付け始めた。リィルも手伝おうと思い立ち上がろうとしたが、兄に「お前は良いから座ってろ」と言われたので、大人しく席に座っていることにした。
「そう言えば、」と、リィルは言ってみる。
「父さんも、俺に聞きたいことがあるんだっけ」
「ああ、そう言えば」
「何?」
「一応聞いておこうかなって。リィルは何で、僕たちが『ここ』にいる、ってわかったのかな?」
「あ、それは俺も聞きたい」とフィルも言う。
「カン」
リィルが言うと、フィルが不満そうに言い返してきた。
「何だよそれ……。カンが外れてたらどうする気だったんだ」
「バートが姉貴に会ったって話は前に言ったよね」
リィルは父と兄に、そのときの状況を簡単に語る。
「へえ……、クラリスがバート君に会いに……それにエルザが同行してた……と」
「知ってた? 父さん」
「いや、初耳」
「それにしてもガルディアの連中、よくエルザを外に出したよな」
と言って、フィルは小さく笑った。
「自分のとこに置いといても百害あって一利なしって気付いたからかな」
「……さり気なく凄いこと言ったね、兄貴。後で姉貴に密告して良い?」
「余計なことは良いから」
「ああ……それでリィルは、気付いたんだね」
エニィルが言った。
「どういうことだ? オヤジ」
「つまり。『僕たちを』捕らえているから、ガルディアは安心してエルザを外に出せる――と、そう読んだんだね? リィル」
「ははあ……そういうことか」とフィルは頷いた。
「お互い、あんま好き勝手できない状況なんだね……。ガルディアだって、姉貴が本気で寝返ったのか、フリしてるだけなのか半信半疑なんだろ?」
「エルザの本心は僕にだって読めないし」
エニィルが笑って言う。
「でも、まあ……エルザには、エルザのやりたいようにやって貰うしかないね。あの子なら、きっと、大丈夫だから」
「確かに」フィルも笑った。
「で、」エニィルはリィルを見て言う。「続きは?」
「続き?」
「それだけじゃないだろう、理由は」
「……やっぱりお見通しかあ、父さんは」
「そりゃあ」エニィルは微笑む。「クラリスだって、バート君の居場所が、わかったんだから」
「あ、てことは――」
「僕もわかったよ、リィルが来たことは」
「あはは……そっかあ」リィルは笑った。
「オイ、なに二人で別次元の話してるんだ」
フィルは父と弟を交互に見て、首を傾げた。
*
ピアン王宮の医務室で、バートの母ユーリアは、腕組みをしてベッドの側《かたわら》に立っていた。
「バっカねぇ……」
自分の一人息子を見下ろして、呆れたように呟く。それから語気を強めて一気に言った。
「勝てるわけないじゃない! 本気で勝つつもりだったの?! 相手は……『クラリス』よ! ピアンで最強の将軍って言われてた! 今だってガルディアの第二部隊・隊長なのよ!」
「…………」
ベッドに横たわる彼女の息子は、面倒くさそうにユーリアを見上げた。
「俺は、勝つ、つもりだったぜ。負けるってわかってる戦いに挑むほどバカじゃねーからな」
「負けたじゃない! それはアンタがバカだからよ!」
ユーリアはすぐに言い返す。
「あーもーバカバカ言うな! だって、おっかしーんだよ。絶対勝てると思ったのに……」
「アンタ……」
ユーリアは呆れて、ため息をついた。
「正真正銘のバカよっ! アンタをそんな子に育てた覚えはないわっ!」
言い捨てると、ユーリアは足音を響かせて廊下に向かった。部屋を出て、振り返らずに扉を閉める。
ユーリアが医務室を出て行き、バートは一人、ベッドの中に取り残された。
「ちっくしょーー……」
天井を見上げ、バートはクラリスの顔を思い浮かべながら小声で呻《うめ》く。怒りに任せて父親に決闘を挑み、あっさり返り討ちに遭ったのも悔しいが、母親が言うには、リィルも重傷を負ってフィル兄たちのところに運び込まれたというではないか。
(父親……ウィンズムだけじゃなく、リィルまで傷つけやがった……。エニィルさんに何て言って謝ったら良いんだよ……)
バートはゆっくりと上半身を起こしてみた。斬られた胸のあたりが多少痛むが、動けないほどではない。
(とにかく、いつまでもこんなところに寝てられるかってんだ!)
バートは冷たい床の上に足を下ろし、ベッドに手をついて立ち上がった。
(6)
ピアン王宮、厨房。
医務室から戻ってきたユーリアは、『この場』にいるはずの無い少年に出くわしていた。ユーリアに背を向けて厨房内をしげしげと眺めているのは、茶色の髪をした、バートよりは小柄な少年だった。
「リィル君?!」
その声に少年の動きが一瞬固まり、それからゆっくりと振り返る。
「あ……ユーリアさん」
リィルはばつの悪そうな笑顔になってユーリアを見た。
*
「あっきれた……」
厨房のカウンターに立ち、ユーリアは二人分のカップに珈琲を注ぎながら、大げさにため息をついてみせた。
「なんでキミが王宮内《こんなとこ》うろついてんのよ。キミって捕まってエニィルと一緒に監禁されてたんじゃなかったの?」
ユーリアは両手にカップを持って、ダイニングテーブルまで歩く。
「でも、あの小屋の鍵、簡単に開きましたよ」
リィルは温かいカップを受け取って軽く頭を下げた。
「キミが鍵開けしたの?」
ユーリアは椅子を引いて腰掛けながら尋ねる。
「はい。でも父さんチェックが入って。父さんなら半分の時間で開けられるって」
「……」
ユーリアは自分の珈琲に口をつけると、大きく息をついた。
「エニィルったら何企んでるのかしら。あ……もしかして、キミが王宮内うろついてるのも、エニィルに何か指示されて?」
「いえ、別に……。上手くいってバートか姉貴に会えれば良いかなって、それだけです」
「なんだ、残念」ユーリアはつまらなそうな顔になって呟く。
「だったら、キミ、それ飲む間くらいは見逃してあげるけど、キミが王宮内うろちょろしてんの、ガルディア《ここ》の連中に見つかったらヤバいんじゃないの? 悪いことは言わないから、それ飲んだら大人しく戻ったほうが良いわよ」
「はーい」
「今の返事。真心がこもってないわね……」
「ぎく……」
リィルが恐る恐る顔を上げると、ユーリアは楽しそうにリィルを見つめていた。
「やっぱりキミ、エニィルに似てるなー」
「え? そうですか?」
「見た目もエニィルの若い頃にそっくりだし。大人しそうな顔してすっごい大胆なところとか」
「はあ……どうも」
リィルは少し考えてから、
「バートもユーリアさんに似てると思います」と言ってみた。
「何それ、褒め言葉?」ユーリアは声を立てて笑った。
リィルは飲み終わったカップをテーブルに置くと、姿勢を正した。
「俺が出てきた一番の目的は、バートのお見舞いなんです」
「お見舞いって……キミだってどっちかというとお見舞いされる方の立場だったんじゃないの?」
「俺はもうすっかり元気だから良いんです。でも、バートは……どうなんです?」
「口だけなら元気で医務室で寝てるわよ」
「そうですか……良かった」リィルはほっと息をついた。
「あのバカは一度痛い目見ないと治らないのよ、バカが」
「き、厳しいですね」
「だって……相手の力量も見抜けないで戦いを挑むなんて……」
そこまで言って、ユーリアは何かを堪《こら》えるように言葉を詰まらせる。
暫くの沈黙。
リィルはたまらなくなって口を開いた。
「……ごめんなさい」
「?」
「謝りたかったんです……。バートがあんな怪我したの……俺の所為だから……」
「な? どうしてそうなるの?!」ユーリアは驚きの声を上げた。
「俺……俺が、ちゃんと止めれば良かったんです。俺だってクラリスさんの強さはわかってましたから。戦ったらどっちが勝つかってことくらい、ちゃんとわかってたんです。でも俺は……」
「良いのよ、別に。キミの所為じゃないわ」
ユーリアはリィルに微笑を向けた。
「あの人には……常識は通用しないの。そんなん長年の付き合いでわかってるの。『わかんない』ってことを、わかっちゃってるの……。でも仕方ないわよね」
何が仕方ないんだろう――と頭の片隅で考えながら、リィルは再び口を開く。
「それと、俺、カッとなってクラリスさん傷つけようとしてしまって……ごめんなさい」
「律儀ねえ。そんなこと私に謝らなくたって良いのに」
「ははは……とにかくこれで、ひとつスッキリしました」
ごちそうさまでした、と言って、リィルは椅子から立ち上がった。
「あとはバートにちゃんと会って……医務室ですよね? それと、もし姉貴の居場所を知ってたら教えて貰えると嬉しいんですけど」
「ねえ、リィル君」
「はい?」
ユーリアは立ち上がったリィルを見上げ、一呼吸置いてから続けた。
「キミが行っちゃう前に聞いておきたいんだけど。……キミは何をどこまで知ってるの?」
「…………」
「エニィルは当分子供たちには話さないって言ってたけど……もう、事情が事情だし。聞いた……でしょ?」
「……はい」リィルはゆっくりと頷いた。
「全部、聞いたの?」
「多分、本物の『鏡』のこと以外は」
「そう……」ユーリアは複雑な表情になって俯いた。
「それで、どう思った?」
「……うーん……」
ユーリアに聞かれて、リィルは腕を組んで考え込んだ。
「どうって言われても……別に。今までどおりです。何も変わりません」
「……そう」ユーリアは微笑んだ。
「そう、ね。そうよね。変なこと聞いちゃったわね。ごめんね、リィル君」
*
裏庭近くの小屋の前で、バートは鉄格子のはまった窓の中を覗き込んでいた。小屋の中からは、リィルの父エニィルと兄フィルが、小屋の外に立つバートを見ていた。
「なんだ……入れ違いかよっ」
二人から一通り話を聞いて、バートはがっくりと肩を落とした。
「なんだか発想が似ているんだね、キミたちは」エニィルが感心したように言う。「以心伝心っていうか、仲良いなあ」
「仲良い? 別にフツーだろ、俺とリィルは。それに以心伝心て……ホントに以心伝心なら小屋の中で大人しくしてろってんだ、リィルのやつ」
「ははは……リィルも同じこと言って悔しがってるんだろうなあ」
「オヤジのん気に笑ってる場合かよっ」
「大丈夫だよ」エニィルはフィルに言った。「バート君が病室にいないことがわかれば、リィルは諦めて帰ってくるだろう」
「そうかあ? むしろバート君のことあちこち探し回って余計なことに首突っ込んでるんじゃあ……」
「悪い……フィル兄。エニィルさんも……。こんなところに閉じ込めて……」
鉄格子を握り締めて、バートは呟く。
「別に閉じ込められてるわけじゃないよ、どっちかというと、自主的に留まっているだけ」
そう言って、エニィルは微笑んだ。
「この小屋抜け出すこと自体は容易いよ。現にリィルは出て行ったわけだし」
「あ……じゃあ、なんでエニィルさんたちは逃げ出さないんですか?」
「だって、俺たちだけで逃げ出すわけにはいかないだろう?」
フィルはため息をついた。
「?」
「エルザだよ……。アイツがガルディアに潜り込んじまってるから、こっちが迂闊に動いて良いものか、判断つきかねてるんだ」
「いーんじゃねーか?」
バートはあっさりと言った。
「え?」フィルは驚いて聞き返す。
「エルザねーちゃんのことなんてどうでもいーじゃんか。つまり、今までは本気で動く気なかったってことだろ?」
「……」
フィルは言葉に詰まり、横目で父の横顔を伺う。エニィルの顔からは微笑が消えており、真剣な眼差しをバートに向けていた。
「逃げ出せるんなら……エニィルさんが本気を出せば、こんなとこ簡単に逃げ出せるはずなんだ……。姉ちゃんに連絡とる方法だって、いくらでもあったはずだろ……。なのに、なんで貴方たちは今まで大人しく捕まってたんですかっ! リィルは、命懸けで乗り込んできたんですよ、ここにっ!」
そこまで言って、バートははっとしたように言葉を止めた。
「もしかして凄く失礼なこと言ったかも……悪ぃ……」
バートは小さく呟く。
「違う……俺が許せないのは……ガルディアと父親で……」
「バート君……」フィルが呟いた。
エニィルは小さく息を吐き出す。
――つまり、今までは本気で動く気なかったってことだろ?
確かに、そうだった。
しかし、もちろん、永遠に動く気がなかった、というわけではない。
何かを、待っていたのだ。
そして……それは、来てしまった。
「確かに、バート君の、言うとおりだね」
だから、もう、答えは出ていた。
あとは、口に出して言うだけだった。
「じゃあ。……そろそろ、本気で考えてみようか」
「「えっ」」バートとフィルの声が重なる。
「バート君ならある程度自由に動けるだろう。君のお母さんとエルザに伝言を頼みたい――良いかな?」
「は……はいっ!」
バートは顔を輝かせ、声を弾ませた。
*
「なあ、オヤジ……」
バートが去って行った方を見つめ、フィルはぽつりと尋ねた。
「もし、リィルとバート君が、ここに来なかったら……それとも。リィルとバート君は絶対に来る、ってわかってて、待ってたのか?」
「リィルたちについては、来ない可能性は否定できない――それくらいだった、かな」
「じゃあ」とフィルは言った。「もし来なかったら……俺たちはずっとここで動けなかったのか?」
「まさか」
エニィルはフィルの方に向き直った。
「僕たちが動かなくたって、僕たちを取り巻く状況はどんどん変わっていく――。そういうことだよ」
「……?」
父の言うことがいまいち飲み込めなくて、フィルは黙った。エニィルは手を伸ばして、フィルの肩を軽く叩く。
「さあ、フィル。動き出したら後には引けないからね。今のうちに覚悟を決めておくんだよ」