動 か す 力

(1)

 「いちごーう、にごーう、さんごーう」
 今は敵《ガルディア》の手に落ちてしまったピアン王宮の厨房で、エルザは枡ですくった米をボウルにざざあっと流し入れていた。
 「今日から一人増えたからね。魚の切り身は三枚か。あとは菜っ葉と、お塩と……」
 「ダシ用の昆布忘れないでね」
 おたまで鍋の中身をかき混ぜていたユーリアが横から口を挟む。エルザはふふん、と笑って言ってやった。
 「アイツらに昆布ダシなんてゼータクよ。魚から出るやつで十分」
 「あとこれ」
 と、ユーリアに細長く硬い緑の葉を数枚渡された。
 「?」エルザはユーリアを見上げた。
 「熱さましの薬草。中庭に生えてたから摘んどいたの」
 「……さっすがユーリアおばさん」
 そこまで気が回らなかったエルザは素直に感心する。
 「おねえさん、でしょ。怒るわよ」
 ユーリアはにっこりと微笑みながら、エルザを軽く小突いた。

 *

 三人分の食料をボウルに入れ、エルザは裏門近くに建てられた粗末な小屋に向かった。その小屋は、かつてピアン王宮の「裏門」が機能していた頃、夜勤の門番が交代で仮眠を取ったり休憩したりしていた小屋だった。しかし、今は……
 (私たち試されてるのかしら、もしかして)
 エルザは片手をポケットに突っ込んで鍵を取り出すと、小屋の扉の鍵穴に差し込んだ。扉を開けて、明るく叫ぶ。
 「やっほー。メシ持ってきたわよー」
 「何がやっほーだ」
 大きく息をつきながら、疲れきった表情のエルザの弟――フィルが姿を現した。
 「はい、これが今日の夕食分」
 エルザは笑顔でボウルをフィルに押し付けた。
 「いつもより多いな」
 「サービスよ」とエルザは答える。
 「そうか……」
 とだけ言って、フィルは黙ってじっとこちらを見ている。
 「?」
 「……聞かないのか?」
 と、フィルは口を開いた。
 「何を」
 「リィルの具合」
 「……」
 エルザは素早く左右を確認する素振りを見せてから、言った。
 「あんまアンタと私で一家団欒な話もしてらんないでしょ」
 「オヤジが命には別状ないからって」
 「当たり前でしょ、たかだか高熱出したくらいで。そんなんで死んだら笑うわよ」
 そして暫く沈黙が流れた。
 「……バート君は」フィルが尋ねてくる。
 「あーもー全然平気」エルザは即答した。「何針か縫ったとか聞いたけど……まあ、アイツ身体だけは丈夫でしょ。ホラ、いつかの家族対抗地獄巡りレースのときだって」
 「その話は思い出したくないからやめてくれ……」
 あの地獄の日々のことを思い出したのか、フィルは顔をしかめた。
 ――そして、また、暫くの沈黙。
 「……何も、不自由してない?」エルザは尋ねる。
 「エルザこそ……無理してるんじゃないか?」
 「そっくり返すわよ。アンタらもサッサとガルディアに忠誠誓っちゃえば良いのに」
 「あいにくエルザみたいに器用じゃないんだ、俺もオヤジも」
 フィルは言って、苦笑いを浮かべた。

 *

 エニィルは冷たい水で絞った手ぬぐいをリィルの額にのせた。簡易ベッドで苦しげに呼吸を繰り返すリィルの意識は、未だ戻る気配はない。
 (見たところ、どこにも外傷はないが……)
 エニィルは首を傾げる。リィルが目覚めてくれない限り、一体何が起こってこういうことになったのか、さすがのエニィルにもさっぱりわからないのだ。
 (リィルを担ぎ込んできたガルディアの下っ端兵は、使えんヤツだったしなあ……)
 エニィルはなるべく穏やかに、「何が起こったのかな?」と聞いたつもりだったのだが、フィル曰く「青黒いオーラが出てた」らしい。すっかり怯えきった下っ端兵は「すみませんっ」とか叫びながら逃げるように小屋を出て行った……
 (それにしても……。リィルがここに来てしまったということは、『気付いた』――のかな)
 エニィルはすっかり温まってしまった手ぬぐいを持って立ち上がり、流し台《シンク》に向かう。そこで玄関からボウルを抱えて戻ってきたフィルと鉢合わせした。
 「エルザの差し入れか」
 そのボウルを見とめてエニィルは言った。
 「今日の夕食当番はどうしようか」
 「俺が作る」フィルが即答した。
 「良いのか? 今夜はベッドでは寝られないよ」
 この粗末な小屋には簡易ベッドがひとつしか置いていなかった。今はもちろんリィルが使っている。リィルが担ぎ込まれてくるまでは、エニィルとフィルで交代で使っていたのだ。ベッドに寝るほうが食事当番、という条件で。
 「わかってるって」とフィルは言った。「だってオヤジは……どうせ呼ばれてるんだろ」
 「そうだったね。もうそんな時間か」
 エニィルは面倒くさそうにため息をついた。立ち上がり、心配そうな表情のフィルの肩に手を置いて言う。
 「大丈夫だから。美味しい夕飯、期待してるよ」

 *

 がちゃん、と扉が閉められ、フィルは眠るリィルと二人、小屋に取り残された。
 「リィル……」
 フィルは弟の顔を覗き込んで、大きく息をついた。
 「夕飯までには起きてくれよ……。面倒くさいから三人ともお粥で良いよな……? 良いよな、オヤジ……?」

(2)

 リンツの中央病院で、キリアは何とかサラとの面会の約束を取り付けていた。サラは、ベッドの上で上半身を起こして、想像していたよりもずっと元気そうだった。
 「面会謝絶だなんて、もうっ……ウチの人たちみんな大げさなんだから」
 サラの声を聞いて、キリアはベッドの側《かたわら》の椅子に腰掛けて微笑を浮かべた。
 「そりゃあそうよ。私だってサラが突然倒れたって聞いてびっくりしたもん」
 「あはは。ちょっと疲れがたまっちゃってたみたいで……心配かけちゃったかしら? ごめんなさいね」
 「ううん。でも、熱も下がったみたいだし、思ってたより元気そうで一安心」
 「ありがとうキリア、お見舞いに来てくれて。でも……キリアだけなの?」
 「……」
 キリアは言葉に詰まった。サラの大きな瞳が、真っ直ぐにキリアを見つめている。膝の上に置いた封筒が妙に重く感じられた。
 「リネッタはね、ウィンズムと早朝デート」
 「ええっ?!」サラが顔を輝かせた。
 「じゃあ、リネちゃんウィズ君に会えたのね? 良かったわぁ」
 「ホント偶然にね。リネッタ、ウィンズムのことすっごい心配してたから……」
 「それでイキナリ早朝デートなのね? やるわぁリネちゃん」
 「昨日の晩、ウィンズムとリネッタと一緒の部屋に泊まってたんだけど、朝起きたら、二人の姿が無くて、テーブルの上に置き手紙が」
 「デートしてきますって?」
 「ううん。なんか二人で一族の今後について話し合うとか何とか書いてあったけど」
 「どう考えたってデートの口実だわ!」
 「よねー」
 サラとニヤニヤ笑い合いながら、キリアは静かに覚悟を固めていた。
 「それで、バートとリィルちゃんは今、どうしてるの?」
 サラの、至極当然な疑問。
 「うん……」
 キリアはゆっくりと、一度サラから視線を外す。
 「……?」
 「……ゴメン、サラ!」
 キリアは勢い良く頭を下げた。
 「キリア……?」
 顔を上げられずに、キリアは一気に言う。
 「アイツら、二人でピアン首都に行っちゃったの……! 私、止められなかった……ゴメン……!」
 「……え……?」
 サラが静かに問い返す。
 「首都、に……?」
 「バートは……クラヴィスさんを許さないって言って……リィルは、家族が首都に捕まってるはずだからって……」
 「いつ……?」
 「昨日の夕方。ウィンズムが、バートのお母さんがクラヴィスさんに連れ去られたって教えてくれて、それ聞いたバートがキレて飛び出してっちゃって……リィルが追いかけてったから、てっきり止めてくれると思ってたのに。まさかリィルまで……」
 「……そう」
 ばさ、と音がして、キリアが顔を上げると、サラはベッドに仰向けに倒れ、天井を見上げていた。
 「サラっ」
 「行っちゃったのね……」
 天井を見上げたまま、サラは呟いた。
 「あたしには何も言わないで……行っちゃったのね……」
 「サラ……」
 「…………」
 サラは大きく息を吐き出した。
 「バートの気持ちはわかるわ。バート、お父様のことずっと気にしてたもの……」
 「うん……」キリアは頷く。
 「でも……」
 サラは、ゆっくりとキリアの方を向いて、力なく微笑んだ。
 「あたしに黙って行っちゃったってのが……悲しくて……悔しいわね……」

 *

 暫くサラと歓談していたら、「そろそろ姫様は昼食の時間です」と言われて、キリアは中央医院を追い出された。医院の出口で、サラに取り次いでくれた大柄な将軍(名はディオル将軍というらしい)に会釈して、キリアはリンツのメインストリートに出る。
 リネッタの置き手紙には「昼までには帰るから、一緒にお昼ご飯食べよう」と書いてあったが……
 (今、リネッタに会うわけにはいかない)
 キリアはリンツのメインストリートを早足で歩いていた。向かう先は、バートとリィルが首都に向けて旅立った、乗用陸鳥《ヴェクタ》乗り場だった。
 (今まで何悩んでたんだろ、私)
 サラと話して、今までの迷いが嘘のように晴れた。
 (私も行こう、首都に。そんでアイツらを力づくでも連れ戻す)
 たった一人で首都に向かう……どう考えても、無謀な行為だった。それは頭ではわかっているのだが。
 (だって……サラが)
 バートに一方的に置いていかれたサラが……寂しそうだったから。
 今まで、はっきりと言葉で聞いたことはなかったけれど、さっきのサラの様子でキリアは確信してしまった。
 (やっぱり、サラは、バートのことが大好きなんだ。『好き』って言葉なんて要らないくらい……呼吸をするのと同じくらい当たり前のように、『好き』なんだ……)
 バートの方は、サラのことをどう思っているのかはわからないけれど。
 (もし二人が結婚したら……なんか良いなあ……)
 ついついサラの純白のウェディングドレス姿なんて想像してしまう。
 幸せそうに微笑む、金髪の姫君。
 でも……今、その相手は。
 (……バートの馬鹿)
 キリアは唇を噛み締めた。
 (サラにあんな悲しそうな顔させるなんて、バートの馬鹿。リィルも同罪よ!)
 今更首都に向かったところで、全てが終わったあとかもしれないけれど。それを確認するのは、少しだけ恐いけれど。
 (やっぱり私、リンツでただ待っていることなんてできない。私が行動起こさないと!)
 これは……多分、試練なんだ、とキリアは思う。未来から過去を振り返ったときの一つの通過点に過ぎない……そう、願いたい。
 「あれ……キリア?!」
 (げっ)
 聞き覚えのある声に、キリアは反射的に身を硬くした。観念して立ち止まり、恐る恐る頭を巡らせる。
 そこに立っていたのは、長い髪を後ろで一つに縛り、白衣を羽織った、キリアの元同級生……
 「エンリッジ」
 「また会ったなあー」
 エンリッジは軽く片手を上げて、早足でキリアの傍《そば》までやって来た。
 「お前一人なのか?」
 「悪い?」
 エンリッジ相手に、ついつい言葉がきつくなってしまう。
 「別に悪くは無いけど……。さっきオレ、リネッタに会ったぜ」
 「えっ」
 「ウィンズムと一緒にいたから、一緒にアイスクリーム食べて喋ってた」
 「な、何考えてるの!」呆れてキリアは叫んだ。
 「せっかく二人っきりのところ、邪魔しちゃダメでしょ!」
 「邪魔……って。アイツらタダのイトコ同士だろ?」
 「そうだけど、リネッタは本気なの」
 「あーどうりで……リネッタに凄い勢いで『あっち行け』って感じで追い出されたワケだ」
 「……アンタって相変わらずね」キリアはため息をついた。
 「で。キリア、どこ行こうとしてるんだ?」
 改めてエンリッジが尋ねてくる。
 「えーと……ちょっとそこまで」
 「ヴェクタに乗ってか?」
 「……」キリアは言葉に詰まった。
 「リネッタに少し聞いたんだ。バートとリィルが、ピアン首都に行っちまったんだって? だからキリアもアイツらを追っかけて首都に行こうと企んでるんだろ?」
 「……」
 全くの図星だった。
 「首都に行くのはやめときな」
 エンリッジが真剣な表情になって言ってくる。
 「どうして?!」
 カッとなってキリアは言い返した。
 「危険だから? そんなんわかってるわよ! アイツらだって危険だってわかってて行っちゃったんだから! でも! ここで私が首都に行かなかったら……」
 「アイツらは帰ってくるって、ここに」
 「……え」
 キリアはまじまじとエンリッジの顔を見上げた。
 「何で言い切れるのよ。気休めだったら要らないわよ」
 「だってアイツら、『伝言』残して首都に行っちまったんだろ?」
 「……うん」
 それが何?という表情をすると、
 「もし、アイツらが、もう戻ってこないつもりなら……。キリアたちのところに、ちゃんと挨拶に来てたはずだ」
 と、エンリッジは言った。
 「……え?」
 「フツーに考えて、今まで一緒に旅してきた『仲間』に、紙切れ一枚で『さようなら』なんてつもりじゃないだろ。ちょっとの間、出かけてくるけど、すぐ帰ってくるから――って、そういうノリで出した『伝言』だと思うぜ、オレは」
 「…………」
 キリアは何も言い返せず、黙りこんだ。
 ――『仲間』……?
 色々な考えが頭の中をぐるぐる回り始めた。
 「だから、さ」
 エンリッジは微笑んだ。
 「お前らは、アイツらを信じて、リンツ《ここ》で待ってりゃ良いんじゃねーか?」

(3)

 長い長い夢を見ていたようだった。気がついたら、見知らぬ小屋のベッドの中で寝ていた。
 「あ。生きてる……」
 リィルは呟いた。額《ひたい》の熱さを感じ、両《てのひら》を額に押し付けた。冷たくはなかったが、そこから熱が発散していくようで、少し気持ちが落ち着いた。
 「リィル?」
 兄のフィルが駆け寄って来た。二言三言言葉を交わした後、兄はお粥持って来るから待ってろよ、とか何とか言いながら、再び視界から姿を消した。
 そういえば、ひどくお腹が空いていた。

 *

 「俺……三途の川に、片足突っ込んでたのかなあ……」
 ベッドで上半身を起こし、魚の切り身の入ったお粥を口に運びながら、リィルは呟いた。
 「あのなあ……」
 フィルは泣きそうな顔になって、がっくりと肩を落とす。
 「冗談でもそんなこと言うな! こっちがどんだけ心配したと思ってるんだ!」
 「冗談じゃないってば」大真面目にリィルは言った。
 「いや、初体験だよ。『死』をあんな身近に感じたのって。『死』って……全ての苦しみから解放された、安らかな世界なんだろうなって……実感しちゃった」
 「その若さでそんなん実感するな!」
 フィルは力いっぱい叫んで、ため息をついた。
 「ところで父さんの姿が見えないけれど」
 「オヤジはちょっと出てる。っつーか……なんでオヤジも捕まってるって知ってるんだ? お前一体何しに……」
 「俺、『ここ』に捕まってる家族《みんな》を助け出しに来たんだ」
 と、リィルは答えた。
 「バート君と一緒にか?」
 「バートが来たのは別件。……バートは、無事に捕まってる?」
 リィルは草むらに倒れたバートの姿を思い出して尋ねた。
 「ああ、無事だって言ってた、エルザが」
 「……そっか。良かった」
 リィルはふぅ、と息をついた。
 「しっかし……無茶するよな、お前」
 フィルは呆れたように笑った。
 「いっくら俺たちが捕まってるからって、ホントに敵の本拠地に乗り込んでくるとは」
 「ははは……だって、こうでもしなきゃ会えないじゃんか」
 「今まで、どこで何してたんだ? オフクロには会ったのか?」
 「母さんには会ってない。俺、てっきりみんな、あちこちに潜伏してると思って、家族を探す旅に出てたんだけど……」
 「旅に?!」
 「うん。バートと……色々あってピアン王女と、キグリスの女の子と」
 「ピアン王女と、キグリスの……?」
 「ピアン王女――サラがさあ、キグリス首都まで行きたいって言って、俺たち護衛してたんだ。俺はついでに各地に散ってるはずの家族《みんな》に会えれば良いなって。けど、旅の途中でバートが姉貴に会ったって聞いて……ちらっと思ったんだ。もしかしたら、みんなも既に、ガルディアに捕まってるんじゃないかって」
 「……待て。バート君がエルザに会った?」
 「だったらガルディア本拠地に乗り込んだ方が早いなって思って、サラをキグリス首都まで送り届けてからピアン《こっち》に戻ってこようと思ってたんだけど……。途中でピアン首都もガルディアの手に落ちたって聞いて。それでみんなで慌てて戻ってきたんだ。で、クラリスさんをブチのめすって聞かなかったバートと一緒にここに来たってわけ。……これでだいたいわかった?」
 「…………」
 フィルは混乱した頭を整理させようと、視線を落として考え込んだ。
 「お前の話には……ツッコミどころが多すぎるんだが……」
 「お粥、ごちそうさま」
 リィルは空になった器をフィルに差し出した。
 「お、キレイに食ったな。食欲はあるんだな」
 と言って、フィルは器を受け取る。
 「ありがとう。お腹空いて死にそうだったんだ」
 そう言って、リィルは仰向けになって目を閉じた。
 「リィルっ」
 「お腹いっぱいになったら眠くなって。ごめん……」
 目を閉じたまま、小さな声で、リィルは呟く。
 「イヤ、良いって。今は寝ときな。話はあとでゆっくり聞かせて貰うから」
 きっと、喋りすぎて疲れたのだろう、とフィルは思った。リィルはまだ本調子ではなさそうだ。
 (でも……リィルが目覚めてくれて良かった)
 フィルはほっと息をつく。
 (……これでオヤジが帰ってきてくれれば)
 フィルは自分の器にリィルの器を重ねると、立ち上がって流し台に向かった。

 *

 フィルがテーブルに肩肘をついてうつらうつらしていると、がちゃり、と、扉の開く音が聞こえた。
 「オヤジ?!」
 フィルは立ち上がり、玄関へ走る。
 「ただいま」
 エニィルはフィルを見て微笑むと、テーブルへと歩いた。
 「リィルは?」とエニィルが尋ねてくる。
 「あ、さっき目ぇ覚まして、お粥平らげて今は寝てる」
 「そうか。じゃあもう心配ないね。良かった」
 「ああ。本当に」
 言いながら、フィルは台所からお粥の入った器を持ってきて、エニィルの前に置いた。
 「……水加減失敗した?」
 どろどろの米を見て、エニィルがフィルに尋ねる。しまった、やっぱ手ぇ抜かずにちゃんと炊けば良かった……と、フィルは後悔した。
 エニィルはそれ以上は突っ込まずに、粥を食べ始めた。フィルはそんな父をじっと見守る。
 「……?」
 フィルの視線に気付いて、エニィルは顔を上げた。
 「オヤジ……」
 フィルは遠慮がちに口を開いた。
 「今日は……何もされなかったのか……?」
 「何も?」
 「ガルディアのヤツらに呼び出されて……その、良くある……自白剤とか……拷問とか……」
 想像したくもない言葉を口にしながら、フィルの声は段々小さくなっていった。
 「そんな心配してたのか」
 エニィルはふう、と息をつく。
 「極めて平和的な話し合いだよ。……まあ、いくら話し合ったって平行線だけど」
 「あのな……オヤジ」
 「ん?」
 「一応、はっきり言っておきたいんだが」
 フィルは震えそうになる声を堪《こら》えながら、言った。
 「何度ヤツらに聞かれたって、言っちゃいけないことは言わなくて良いから……。例え、俺の命を盾にされたって……」
 「フィル…………」
 かたん、と音を立てて、粥の入った器がテーブルに置かれた。
 「俺は、覚悟はできてるから……」

≪ T O P  | N E X T ≫