王子たちと別れて、バートたち四人は丸一日、乗用陸鳥《ヴェクタ》を走らせていた。食事はヴェクタの上でとり、夜はヴェクタを走らせながら交代で眠った。交わす言葉はほとんど無かった。
(くそっ、なんでこんなことに……!)
もし、あのとき。とバートは思う。ピラキア山脈で「大精霊”炎《ホノオ》”」を見た後、すぐにピアンに戻っていれば――。
サラがキグリス首都に行きたがっていたから、というのは言い訳だ。あのとき、自分はピアン首都に帰りたくなかったのだ。ピアン首都に帰るのを先延ばしにしたかったのだ。
ピアン首都にはバートの母がいた。母は無事だろうか。首都のみんなは……。父親は首都襲撃に参加したのだろうか。もし、そうだったとしたら。自分はどんな顔してピアン王やピアンのみんなに会えば良いのだろうか。
ピアンには一刻も早く帰りたいが、現実と向き合うのも、正直……怖い。それでも今は、ピアンに帰りたくないなんて言っていられない。一刻も早くピアンに帰ること。それだけを考えて、バートは乗用陸鳥《ヴェクタ》を駆った。
*
ピラキア山脈の麓《ふもと》の村、ギールには朝着いた。キリアの知り合いサイナスの家に二泊して、楽しい時間を過ごした村だった。四人は特に何も言葉を交わさず、ギールの村を抜けてピラキア山脈方面出口に向かった。
村の出口にはサイナスが立っていた。
「サイナスさん」キリアが口を開く。
「ギリギリ間に合ったか……」サイナスはふうと息をついた。
「ピアンのことは聞いてる。リネッタが心配してた。寄らずに素通りしてっちゃうんじゃないかって」
「……ごめんなさい」キリアが力なく言った。
「リネッタが家で待ってる。寄ってやってくれないか」
「でも……あまり長居は」
「リネッタもそんなに長く引き止めないから」とサイナスは言う。「あ、直接俺の家に向かったってことにしといてやるから。俺とはここで会わなかったと」
「……はい」
キリアは乗用陸鳥《ヴェクタ》を方向転換させ、振り返ってサイナスを見た。
「サイナスさんは、」
「ここで待ってる。ピアン行くとき、ここ通るだろ。お別れはそのときに……リネッタともな」
「……はい」
四人はサイナスの家に向かった。呼び鈴を鳴らすと、すぐにリネッタが出てきた。
「寄ってくれてありがとう」とリネッタは言った。リネッタは外出着を着ていて、玄関には何故か大きな背負袋《リュックサック》が置いてあった。
「大変なことに、なっちゃったね。何て言ったら良いかわからないけど……。あのね、ひとつお願いがあるの」
とリネッタは言った。
「わたしもリンツに行こうと思ってるんだけど、一緒に、良いかな?」
「……リネッタが、リンツに?」キリアが驚きの声を上げる。
「なんでまた?」リィルが尋ねる。
「わたしの知り合いがね……ちょっとピアン首都に行ってて。それで心配になっちゃってね……」
「知り合い?」
「詳しい話は行きながら話すから。急いでるんだよね? あ、でも疲れてるよね……どうする? 休んでってもらっても良いよ」
「ありがとう、リネちゃん」
疲れを感じさせない口調で言って、サラは僅かに微笑んだ。
「休憩は必要ないわ。リネちゃんの知り合いさんも、心配ね……。リンツに行くのなら、一緒に行きましょう」
「ありがとう……姫さま」
*
村の出口でサイナスに別れを告げ、二匹の乗用陸鳥《ヴェクタ》に分かれて乗って五人はピアンを目指した。ピラキア山脈を越えて、街道を走って――、休み無しで乗用陸鳥《ヴェクタ》を走らせたとして、リンツに着くのは明日の朝頃になるだろう。
バートとリィルは二人乗りヴェクタに乗り、今はリィルが運転してバートが寝ている。女性三人は三人乗りヴェクタに乗り、リネッタが運転している。
「ウィンズムって名前でね、わたしの父の兄の息子――従兄《いとこ》なの。歳はわたしの一つ上」
リネッタはキリアとサラに、ピアン首都に行ったという知り合いのことを語り始めた。
「彼のことなら聞いたことあるような気もするけど……彼、実家キグリス首都よね。なんでピアン首都に?」
とキリアは尋ねてみる。
ちなみにリネッタの実家もキグリス首都にある。リネッタの兄サイナスは実家を出てギールで一人暮らしをしており、リネッタも普段は実家を離れてワールドアカデミーの寮で生活している。
「……何でだろ。良くわかんない」リネッタは首を傾げてため息をついた。「サイ兄が言うには『ピアンの王立図書館で調べものがしたい』ってことらしいけど。キグリス首都やアカデミーにだって大きな図書館はあるのに」
ウィンズムはリネッタが春期休暇に入る前に、ギールのサイナスの家に立ち寄って「ピアン首都に行く」と告げていたらしい。どうせならもう少し遅く寄ってくれたら良かったのに……と、リネッタはウィンズムとすれ違っていたことを悔しがった。
「でもまあ、アイツ、放浪癖があるから、」とリネッタは言った。「あちこちフラフラするのが好きなの。ひとりで。王立図書館ってのは口実で、単にピアン首都に行ってみたかっただけなのかもしれない。それか、ピアンに関する何か良いネタを仕入れたか」
「ネタ?」サラが聞き返す。
「アイツ、遺跡潜りとかトレジャーハントとか良くやってるんだ」リネッタは言った。
「キグリスの古代遺跡もけっこう潜ったみたいだし。そんで良くわからないガラクタ持ち帰って来てね……あんま、見せては貰えないんだけど」
「遺跡……」キリアは呟いた。「彼、古代遺跡に詳しかったりするの?」
「さあ……」とリネッタ。「あまり勉強熱心なヤツじゃあないからね。キリアより詳しい知識持ってるとは思えないな。あ、でも実技……っていうか、いわゆる盗賊《シーフ》技能は高いよ。盗賊《シーフ》技能ったって泥棒やってるわけじゃないんだけど……。それに、強いしね」
「だから、アイツがピアン首都襲撃に巻き込まれてくたばったとか、そういう心配はしてないの」とリネッタは言った。
「でも……やっぱり、居ても立ってもいられないっていうか……。会って、『心配したんだから』って言ってやりたいというか……」
「わかるわ、リネちゃん」サラがうなずいた。
「……姫さまごめんね。姫さまが一番つらくて大変なのに……一方的にこんな話しちゃって」
ううん、とサラは首をふる。
「あ、そうだ、ところでリンツって、アイツの出身地じゃなかったっけ」
リネッタがキリアを見て言った。「ほら、アカデミーの……」
「実家、見かけたわよ」とキリアは言う。「前にリンツに寄ったときに」
「え。じゃあ、会った?」
「ううん。素通りしただけ。……どっちかと言うと、会いたくないヤツだし」
「わたしは会いたいな。久しぶりに」リネッタは言った。
「キリアは知らないと思うけど、アイツ、けっこう良いヤツになったんだよ」
「……うそ」
「嘘じゃあないよ……と、思う……多分ね」
それでもやっぱり進んで会いたくはないな――と、キリアは思った。
(2)
バートたち五人は朝リンツの町に到着した。五人は町の入口に立っていたピアン兵に話を聞き、まずはリンツ中央医院に向かった。町の中心部にある、町で一番大きな医院である。朝なのに人の出入りはけっこうあった。
「あまり大勢で入ることないよな。俺は外で待ってる」
とリィルが言うと、キリアとリネッタも同意した。バートは自分も遠慮すべきなのかとちらっと思ったが、
「バートは行くべき」とリィルに言われてしまった。
バートとサラはピアン兵に案内され、最上階にある王の病室に通された。
王との謁見を終え、バートはひとりで中央医院を出た。通りの端に座り込んで何やら会話していたリィルとキリアとリネッタがこちらに気付いて、歩み寄ってきた。
「お帰り、バート」とリィル。「どうだった? 王の様子は」
「ああ、ピアン王はわりと元気そうだったぜ。口調もしっかりしてたし、いつもの王だった」
とバートは答える。
「ベッドの中にいたけどな。さすがにまだ歩き回るのは辛いらしくて」
「そうか……。でも、大丈夫そうみたいだね。安心したよ」
ほっとしたようにリィルは言った。
「サラはまだ王のところにいるの?」とキリアが尋ねてくる。
「ああ、サラは……倒れた」
「「えええっ」」キリアとリネッタの声が重なった。
「やっぱ徹夜強行軍の無理が祟ったんだろうな。王に会って気が抜けたみたいで……今、王の隣の部屋に寝かされてる」
サラが倒れたことはバートにとって少々意外だった。医院に入るときまで、サラは全く疲れを感じさせない素振りだったのだ。それにサラは「強い」から、こうやってばったり倒れることなんかないと、勝手に思い込んでいたのだ。今回のことは、よほど……堪《こた》えたのだろうか。
「あと、バート。……父親さんのことは、聞けた?」
リィルが小声で尋ねてくる。バートは首を振った。
「父親については、誰にも、何も言われなかった。王にも、ピアン兵にも。ってことは……、噂にもなってないくらいだから、出てきてなかった……って、ことなのかな……」
バートは空を見上げてため息をつく。少しだけほっとしている自分がいた。本当は、こんな事態でそんなこと考えてはいけないのだろうけど。でも、例えばもし父親がピアン王に堂々と刃を向けていたとしたら――それは、本当に最悪の事態だと言えるから。
「ユーリアさんについては?」
再びリィルが尋ねてくる。
「いや、そっちもさっぱり。母親のことは自分で探すよ。リンツのどっかにいるだろ、きっと」
「そっか。バートの実家って首都なんだよね。お母さんの行方がわからないってこと……?」
遠慮がちにリネッタが尋ねてくる。
「ああ。リネッタも知り合い探すんだよな。一緒に探すか」
「そうだね」リネッタはうなずいた。
「リィルも家族を探すんでしょ」とキリアがリィルに言う。「この前はあまりゆっくり滞在できなかったけど、今度はじっくり探せるわね」
「この前のときもキリアが寝てる間に探したよ」
リィルは微妙な笑顔をキリアに向ける。
「あ。そうだったの……」
「……俺の家族は多分……いや、うん。バート、リネさん、一緒に探そう」
*
四人はリンツの商店街を歩いていた。キリアとリネッタはサラのお見舞いに行きたがっていたが、バートは「今じゃなくて、落ち着いてからのほうが良いと思う」と言った。
「さて、バートのお母さんと、ウィンズム君と、エニィルさんたちを探すとして、」
キリアがバートとリィルとリネッタに声をかける。
「みんな大丈夫? 疲れてない? 先に宿とって休む?」
「わたしは平気」リネッタは言った。「明るいうちに休んじゃうの勿体無いもん。疲れてるのはみんなのほう……特にキリアじゃない?」
「私も大丈夫よ」とキリアは言った。「いつかのときと違って交代で寝ることできたし。別に今も眠くはないし」
「俺も大丈夫」
「お前、さっきまで寝てたからだろ」
バートはリィルに言ってやった。しかし、夜中にリィルに運転させることは自殺行為に等しいので、バートは昼にリィルに運転させて眠ることにしていた。なので、バートにとっては徹夜明けの朝なのだが、昼間に良く寝ていたので、特に疲労は感じていなかった。
四人で通りを歩きながら、ふと思い出したように、リィルが口を開いた。
「そういや、キリア。ひとつ聞きたいことがあったんだけど」
「ん? 何――」
「あれっ? アイツ……」
キリアの言葉にリネッタの声が重なった。リネッタは立ち止まって、通りのある一点を指さしていた。
「見つかったの?」キリアがリネッタに尋ねる。
「ううん、ウィンズムじゃないんだけど」
「げっ、まさか」
キリアはリネッタの指す方向を見て顔をしかめた。対照的に、リネッタは懐かしさに自然と笑顔まで浮かべて駆け出していた。